Socks (via Brooklyn Hilary)
“ある調査によると、人間は動詞よりも名詞で動くらしいよ。 「加入してください」よりも「会員になってください」の方が獲得効率が高い。「寄付する」よりも「寄付者になる」方が選択効率が高くなる。 人間はなんとなく何かになりたいという気持ちを抱えているのかもしれないね。”
“ある調査によると、人間は動詞よりも名詞で動くらしいよ。 「加入してください」よりも「会員になってください」の方が獲得効率が高い。「寄付する」よりも「寄付者になる」方が選択効率が高くなる。 人間はなんとなく何かになりたいという気持ちを抱えているのかもしれないね。”
“中学の時に作文が上手な女の子がいて、彼女の付けるタイトルは、意外性のある想像力を掻き立てられるものだった。 タイトルも素晴らしいが、本文はその何倍も読む価値のあるものだった。 俺たちが「修学旅行の思い出」「金閣寺を見て」なんて駄文を書いている中、「もみじ」というタイトルなんだよ。 読んでみると、いきなり帰りのバスから始まるの。で、リュックにもみじの葉が紛れ込んでいるのを見つけて、「どこのもみじだろう?」と思い返すのが本文。 「○○でリュックを開けたけどもみじはあったかな?帰ってから写真を見てみよう」「○○のもみじはキレイだった。あそこのだったらうれしい」とか。 結局どこのかは分からないんだけど、一緒に行ったから「あそこにもあったよね」と、話したくなるんだよ。 一度コツを聞いたら、マンガを描くのが趣味で起承転結がどうのこうの言っていた。それは俺には無理だなと思った。 もう一つ、タイトルは最後に付けると言っていた。これなら俺にもできそうだったので、真似している。”
— 読むとがっかりするタイトル10選 (via eternityscape)
“1993年、日本にアジア太平洋地域インフルエンザ・センターが作られた。 それまでアメリカ、イギリス、オーストラリアにしかなかったセンターが 日本に設置されることになったのは、なぜか。 インフルエンザ・ワクチンは、毎年、WHOの専門家会議で、データをもとに今年流行しそうな インフルエンザを決定し、それに基づいて製薬メーカーがワクチンを作っている。 それまで日本はその元になるアジア各国の膨大なデータを収集し WHOに送付する仕事だけをやっていた。 担当していた根路銘国昭氏は、これだけの仕事をやってるのに、 日本にインフルエンザ・センターがないのはおかしいとWHOに手紙を書いた。 それに対する返事は 「WHOも国連の安保理と同じで第二次大戦の戦勝国で構成している。 よって日本は入れない。」というものだった。 彼はさらに抗議の手紙を送ったが返事は同じ。 それどころか、WHOに批判的人物として、彼と日本に対し冷淡になったという。 ここで普通の日本人ならどうするだろうか。なんとか謝罪して、今までどおりの扱いにしてもらおうと努力するか、そもそも抗議など最初からしないかもしれない。 だが根路銘氏は違った。なんと、日本が集めていたアジアのデータを1年間、WHOに送るのをやめたのだ。 インフルエンザの大半はアジアから発生するから、そのデータがないと ワクチンが作れない。WHOは大騒ぎになったという。 そして翌年、根路銘氏にWHO専門家会議への招待状が来た。 その会議で、日本にアジア太平洋地域のインフルエンザ・センターを 作ることが決定され、彼が初代センター長に就任することになった。 こうしてインフルエンザセンター長になった根路銘氏だが、 WHOはアメリカの製薬メーカーの意向を受けた学者が力を持つ世界だった。 1993年フランスで開かれた国際会議で、アメリカが新開発した 生ワクチンを、まず日本で使うべしという議題があがった。 日本は生ワクチンの効果には疑問をもっていて既に使わなくなっていた。 根路銘氏は、「日本を実験台にして、うまくいけば各国で使うつもりだろう」 と感じたという。その会議には日本の学者も数十人参加していたが誰も反対しなかった。 根路銘氏ひとりが、「日本は先進国であり、ワクチン政策に君たちの指導を 必要とする国ではない」と反論した。 そこでアメリカの学者に、君たちのデータをOHPで映してほしいと頼んだ。 そして日本のデータと比較すると、日本のワクチンの方が明らかに 効果があるとわかり、他の学者からも「ネロメの方が正しい」 と意見があがった。 こうしてこの議題は流れ、日本人がモルモットにされるのを防いだ。 またジュネーブのWHO本部で12人の専門家によるワクチン決定の投票において、 アメリカのワクチン11票、日本のワクチン1票でアメリカ製に決まった。 もちろん1票は根路銘氏のものだ。根路銘氏は科学的に見てこの結果はおかしいと 閉会30分のコーヒーブレイクのときに、2日間の討議で使った110カ国のデータを つき合わせてコンピュータにかけた。するとアメリカ製は日本の半分しか効果がないと出た。 彼はこの結果を見せて、居並ぶ学者たちに 「君たちは政治家か、科学者か。科学者ならこのデータをどう見る」 と問いかけた。すると議長がテーブルを2回たたいて 「私の判断で採決を取り消します。ドクターネロメが提案した日本の意見に従います」 と結果をひっくり返した。 「まるで映画のようだった」と根路銘氏は言う。 根路銘氏はこうも言っている。 「この会議の後、対立したアメリカの学者とすごく仲良くなった。”
— (via shinjihi)
“あるグループホームに入所していた認知症のおじいさんが自殺をほのめかす言葉を残して、外出しました。後を追った介護士。引き留めても感情が高ぶるだけなので、雑談をしながら一緒に歩きました。 歩道橋の上で「ここがいいか」というおじいさんに「いや、もっと他の場所がいいですよ」。ビルの屋上に来ると「もっといい場所を探しましょうよ」。 そのうちに、おじいさんは当初の目的を忘れ、介護士と散歩している気分になっていきました。 夕暮れ近く、おなかがすいたおじいさんは、目に付いたハンバーガーショップに入りました。 注文をして、レジの女性に「いくらだ」とポケットから取り出したのは、くしゃくしゃのティッシュペーパー。 介護士は一瞬、青ざめました。他人から間違いを指摘されると、認知症の人は逆上して不安定になることがよくあるからです。 でも、レジの若い女性は落ち着いて、笑顔でこう答えました。 「申し訳ありません。当店においては現在、こちらのお札はご利用できなくなっております」 おじいさんは「そうか、ここでは、この金は使えんのか」と、あらためてポケットの小銭を取り出しました。 介護士はすっかり、この店のファンになったそうです。”
“ネット上にこんなのがあった。「玉音放送を現代語訳してみた」 「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」このフレーズは何度も耳にした。 そして、これが玉音放送で唯一理解出来る箇所でもあった。 何を言ってたのか、全文理解してみようなんて思った事なかった。 そして、これが現代語訳だそうです。 あの時代、国民はどんな想いでこの放送を聞いていたんだろうか、。 世界の情勢と日本の現状をよくよく検討した結果、ありえないと思われる方法をあえてとることにより、この状況を収拾したい。常に私に忠実であるあなたがた日本臣民の皆さんに、今から私の決断を伝えよう。 私は日本政府担当者に米国、英国、中国、ソビエト連邦の4カ国に対して、日本が(ポツダム)共同宣言を受け入れると伝えることを指示した。 そもそも私たち日本国民が穏やかで安心な暮らしができ、世界全体と繁栄の喜びを共有することは、歴代の天皇が代々受け継いで守ってきた教えであり、私自身もその教えを非常に大事なことと考えてきた。 最初に米英2カ国に宣戦布告した理由も日本の自立とアジアの安定を願う気持ちからであり、ほかの国の主権を侵したり、その領土を侵したりすることが、私の目指すところであったわけではない。 けれども戦争はすでに4年も続いており、我らが陸海軍人たちの勇敢な戦いぶりや行政府の役人らの一心不乱の働きぶり、そして1億人の庶民の奉公、それぞれが最善を尽くしたにも関わらず、戦況は必ずしも好転せず、世界情勢を見るに、日本に有利とはとても言えない状況である。 その上、敵は残虐な新型爆弾を使用して多くの罪のない者たちを殺傷し、その被害の及ぶ範囲は、測ることもできないほどに広がっている。もしもこれ以上戦争 を続ければ、最後には我が日本民族の滅亡にもつながりかねない状況であり、 ひいては人類の文明すべてを破壊してしまいかねない。 そのようなことになれば、私はどのようにして1億人の民を守り、歴代天皇の霊に顔向けすることができようか。これが私が政府担当者に対し、共同宣言に応じよと指示した理由である。 私は、アジアを(西欧列強から)開放するために日本に協力してくれた友好国にたいして大変申し訳なく思う。また、日本国民であって戦地で命を失った者、 職場で命を落とし、悔しくも天命をまっとうできなかった者、そしてその遺族のことを考えると、 心も体も引き裂かれんばかりの思いがする。戦争で傷つき、戦災被害にあって家や仕事を失った者たちの暮らしについても、非常に心配に思っている。 この後、日本が受けるであろう苦難は言うまでもなく尋常なものではないであろう。みなさん臣民の悔しい思いも、私はよくよくそれを分かっている。けれども 私は時代の運命の導きにそって、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、これからもずっと続いていく未来のために、平和への扉を開きたい。 私はこうやって日本の国の形を守ることができたのだから忠誠心が高く善良な臣民の真心を信頼し、常にあなたがた臣民とともにある。 感情の激するがままに事件を起こしたり、もしくは仲間同士が争って世の中を乱したり、そのために道を誤って世界からの信頼を失うようなことは、最も戒めたいことである。 何とか国全体が1つとなり、子孫にまでその思いを伝え、神国日本の不滅を信じ、任務はとても重く、行く道は非常に遠いことを覚悟して、将来の建設に向けて 総力を結集し、道義を守り志と規律を強く持って、 日本の力を最大に発揮することを誓い、世界の先進国に遅れをとらずに進むのだという決意を持とうではないか。私の臣民たちよ、ぜひともこの私の意思をよく よく理解してもらいたい。 玉音放送を現代語訳”
“「お金がないと人のためになれないのか?」 そんな風に考えると少し落ち込んでしまいますが、お金がなくても人のためにできることのヒントが仏教にあります。 今日は、地位や財産がない人でも、いつでもかんたんにできる布施の行「無財の七施」を紹介します。 1.眼施 人に話しかけたら「なんだよっ!」と険しい目つきをされてしまったことはありませんか?悪気がなくても、とても傷ついてしまうものです。 いつでも優しい眼差しでいることは、まわりの人をホッと安心させます。 それだけで、愛情を伝えることができるのです。 「目は口ほどに物をいう」。 眉間のシワをのばして、いつも優しいタレ目でいましょう。 2.和顔施 疲れていたり余裕がなくなったりすると、私たちはブスーッとした気むずかしい表情になってしまいます。そういうポーカーフェイスな人はなんだか話しかけにくいし、まわりにも緊張感を与えてしまっているのです。 いつでも口元にかすかなスマイルを。そして、顔には慈しみを。 そうしているだけで、まわりの空間が明るくなります。みんなが嬉しくなります。世のため、人のためになっています。 3.言辞施 言葉には力があります。 思いやりのある優しい言葉は、いつまでも心に残って人生の支えとなります。 一方で、トゲトゲしくそっけない言葉は、時に人を傷つけてしまうのです。 世の中には、心ない言葉があふれています。 そんな中でも、慎重に選ばれた優しい言葉は人の耳に届き、救いとなります。たとえ口数が少なく、声が小さかったとしても。 いつでも優しい言葉を。 4.身施 人のために、自分の体を使って奉仕をする。それが身施です。 お金がなくても、頭や体を動かせば、人のためになることができます。 得意なこと、好きなこと、自信のあること、気持ちのこもったこと。きっと、自分にもできることがある。 そうした態度や愛情は、時にお金を送るだけよりも、人のためになることがあります。 5.心施 「愛情の反対は、無関心である」有名なマザーテレサの言葉です。 人間は、この世の中で誰か一人からでも「私はちゃんと、気にかけてもらっている」と思えれば、自信をもって生きていけるもの。 それはどんな最悪な出来事がおきても、最後のセーフティネットになるのです。 心を配っていると伝えよう。 いつでも、気にかけていると伝えよう。 それだけで、とても力強い人の支えになります。 6.床座施 これは「席を作って座らせること、自分の席を人に譲ること」です。 狭い意味でいえば、電車やバスで人に席を譲ること。 広い意味でいえば、地位やチャンス、順番などを優しい気持ちで用意してあげることです。 あなたはすべてを自分で囲い込んではいませんか? 自分のためだけに忙しく生きてはいませんか? 時にスローダウンしてまわりを見渡せば、自分の思いやりに気がつく。自分にできることがあると気がつく。 7.房舎施 雨風を防げる暖かく快適な場所を提供してあげること。 この時代、家がなくて困っている人はないかもしれませんが、家の中が散らかりやゴミでメチャクチャな人はいます。そういった場所をキレイにし、心に秩序が保てるようにしてあげるのも、房舎施の一種になるかもしれません。 あなたの「在り方」が、世界のプレゼントになる これらの施しはお金がかからない。あげてもあげても、あなたの手元からは何かがなくなることはない。ケチる必要がない。無料で、大盤振る舞いできる。 いつも、優しい眼差し、優しい顔、優しい言葉でいるというだけで、世の中とまわりの人のためになる。 自分の「在り方」が、世の中へのプレゼントになる。”
— earth in us. - お金がなくてもできるプレゼント ― 「無財の七布施」 (via darylfranz)

